フロイデ TOP  >  出版物・連載など  >  近代セールス連載(2009年7月1日号)(1/2)

近代セールス連載(2009年7月1日号)(1/2)

 雑誌『近代セールス』における、弊社会長坂本桂一の連載をご紹介いたします。
※近代セールス社の了解を得て、一部の回をWebで全文公開しています

連載「成功企業・ブレイクスルーの瞬間」

   ビジネスの世界では、市場を一変するような際立った成功が起きることがある。 それらの成功は偶然の所産ではなく、その結果を左右した決断の瞬間が存在する。 場合によっては本人の意図と反した結果を招き、それが未来を大きく変えたというケースもあるが…。
   本連載では、そうした稀有な成功を成し遂げた企業等に関して、 その分岐点となった「ブレイクスルー」の瞬間を紹介していく。

〈第7回・ダイエーVSイトーヨーカドー〉

すべての消費者のために… 革命の小売業

今でこそ、日本にも多くのチェーンストアが存立し、小売業として大きなカテゴリを形成、メーカーに対して大きな発言権を持つようになっている。 しかし、こうした状況が生まれたのは、そう昔のことではない。 今号では、国内の小売業の変遷について、時代を代表する2大ブランドを中心に語っていきたい。

●「チェーンストア」という新しい業態の始まり●

スーパーなどに代表される、セルフ方式による近代的小売業が国内で立ち上がったのは、第二次世界大戦後のことであった。 1953年、東京青山の「紀ノ国屋」がその発祥である。 それまでは対面式の個人商店が中心で、量り売りや掛け売りなどの旧来の商習慣を持つ店がほとんどであった。また、価格面においては、戦争中の統制経済の流れのままに、メーカー側が決定における強い主導権を持ち続けていた。

しかし、セルフ方式の導入と時を同じくして、国内では新しい動きが出始める。多店舗化で販売総量を増やし、バイイングパワーを高め、低コストでの大量販売を実現していく「チェーンストア」という新しい業態の始まりである。

「流通革命」と総称されたその動きは、それまでメーカー側にあった価格決定権を消費者側に取り戻していく流れであり、旧来の産業資本の力を借りることなく、一個人商店からの立ち上げを目指して活動していた。 ダイエーの中内功(正確には、工偏に刀)氏、イトーヨーカドーの伊藤雅俊氏、ジャスコの岡田卓也氏など、現在の大手チェーンストアの創業メンバーもこの中心にいた。

彼らが参考にしたのは、海外での先行事例である。特に米国への視察を多く重ねながら、ローコストオペレーション、マスマーチャンダイジングなど、産業としてのチェーンストアの基礎を確立していった。

当初、チェーンストアを牽引したのは、1957年創業のダイエーである。 1店目は価格統制商品の代表例であった医薬品の価格破壊から始まったが、3店目以降、食料品を中心とした総合スーパーへと発展。 徹底した低コスト、大量仕入れ・大量販売のビジネスモデルにより急激に拡大していく。

ダイエーのビジネスモデルは、単純な小売業より、むしろ「ストック型」とも言うべきものであった。 出店候補地があれば、まず店舗用地とその周辺の土地を一括して取得し、店舗を建てる。店舗ができればその土地の価値が上がり、土地価格が上昇する。ダイエーは、土地の余剰分を販売し差益を得るほか、店舗土地資産の含み益を担保に、さらなる出店資金を銀行から借り入れて拡大にドライブをかけていく。

高度経済成長期、土地価格が上昇する間は、ダイエーの躍進は続いた。「土地の含み益が見込めるなら、店舗自体の収支はギリギリでも構わない。また、それを原資にすれば他社ではできないような低価格の目玉商品を作ることができる」。そうした、ときに「売上第一主義」と呼ばれるダイエーの拡大路線は、60 年代〜70年代を通じて続いていった。

店数、エリア共にナショナルチェーン化を目指して大きく拡大を続け、ついに1972年にはそれまでの小売業の雄、三越の売上を抜き日本一の規模を獲得するまでになる。それは、百貨店からスーパーへと、小売業のリーダーが名実ともに交代した瞬間であった。

1 | 2 | 次へ>  

ページの先頭へ

新規事業 セミナー 書籍 フロイデ

近代セールス連載記事

新規事業 コンサルティング 特徴 フロイデ

新規事業 コンサルタント フロイデ