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近代セールス連載(2009年4月1日号)(1/2)

 雑誌『近代セールス』における、弊社会長坂本桂一の連載をご紹介いたします。
※近代セールス社の了解を得て、一部の回をWebで全文公開しています

連載「成功企業・ブレイクスルーの瞬間」

   ビジネスの世界では、市場を一変するような際立った成功が起きることがある。 それらの成功は偶然の所産ではなく、その結果を左右した決断の瞬間が存在する。 場合によっては本人の意図と反した結果を招き、それが未来を大きく変えたというケースもあるが…。
   本連載では、そうした稀有な成功を成し遂げた企業等に関して、 その分岐点となった「ブレイクスルー」の瞬間を紹介していく。

〈第4回・トヨタ自動車 プリウス〉

突出したクオリティの高さで新しい市場を切り開く

昨年後半より顕著となった世界的な自動車販売の急減を受けつつ も、トヨタ自動車(以降トヨタ)は2008年の世界自動車販売台数897万台で、 GMを超え初の世界首位に立った。

世界首位を獲得する原動力の一つは、 トヨタのモノ作りにおける突出した強さである。 有名なのは、「カンバン方式」「カイゼン」などの、 効率化を徹底し続ける生産面の強さだが、その一方で商品企画・開発の面においても、 時に異常ともいえるほど、その時代の平均から突出してクオリティの高い商品を生み出し、 競争原理を一変させてしまう底力がある。

その一つの例が、 1989年発売の初代レクサス(レクサスLS400・日本名セルシオ)だ。 1970年代のオイルショック以降、トヨタをはじめとした日本車は、 その燃費のよさ、価格の安さ、壊れにくさなどを優位性に、 中〜小型車を中心にアメリカ車や欧州車からシェアを獲得してきていた。 特に、合理的な考え方を持ったベビーブーマー世代 (1940年代後半〜1960年代前半生まれ)において、 日本車は少し知的な選択肢として大きく台数を伸ばしていく。

しかし、当時日本車がシェアを取っていたのは、 あくまでいわゆる「大衆車」のマーケットであった。 高級車マーケットにおいては、メルセデスベンツや、 BMWなどのドイツ勢が高いシェアを持ち、トヨタを上回る利益を上げていた。 トヨタとしても、世界規模の自動車メーカーとしてさらに成長するため、 利益率の高い高級車市場への参入は長年の懸案であった。

●「レクサスショック」として市場に大きな衝撃を与える●

やがて、80年代に入ると、ベビーブーマー世代が中年期に入り、 今まで使っていたトヨタ車から高級車への乗換えを始める。 彼らの受け皿としても、高級車市場への参入意欲は高まった。 レクサスはそうした中、トップダウンのプロジェクトとして立ち上がった。

今まで大衆車を中心に展開してきたトヨタは高級車に取り組むにあたって、 既存の部品の流用ではなく、基礎技術を一から開発する道を選択する。 北海道の士別に10キロにおよぶ高速テスト用のコースを新たに建設し(!)、 専用エンジンを一から作り上げるなど、意欲的な開発を進めた。

1000人以上のエンジニアが携わり、初代レクサスは完成する。 その性能はスポーツカーと同等の空力を持ち、 アイドリング時にはエンジン音がほとんど聞こえないとまで言われた静粛性を実現。 最高速は当時の想定競合車を上回り、しかもより低燃費であるなど、 当初の「ドイツ車のスペックを超えること」という目標をほぼやり遂げたものだった。

その結果、初代レクサスは大きな驚きをもって市場に迎えられた。 それは「レクサスショック」として、繁栄を謳歌していた欧州車メーカーに大きな衝撃を与え、 その後の高級車競争に一石を投じることとなった。

トヨタがこうした思い切ったプロジェクトを実現できるのは、 日本の企業だからこそといえるかもしれない。アメリカの企業は、 四半期ごとに株主の厳しい視線にさらされ、高い株主還元を要求され続ける。 それゆえに思い切った長期投資ができず負けていくという、 資本主義が機能しているがゆえの足かせがあるのではないか。

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